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バレーの中村祐造氏死去=ミュンヘン「金」主将、68歳
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1972年ミュンヘン五輪の男子バレーボールで金メダルを獲得した日本チームの主将で、全日本男子の監督なども務めた中村祐造(なかむら・ゆうぞう)氏が20日、視床出血のため死去した。68歳だった。近親者で密葬を済ませた。
兵庫県姫路市出身。姫路工大付高から1961年、八幡製鉄(現新日鉄)入社。64東京五輪代表に選ばれ、72年ミュンヘン五輪では主将を務めた。松平康隆監督の下で猫田勝敏、大古誠司、森田淳悟ら個性的な選手たちをまとめ、金メダルを獲得した。
準決勝のブルガリア戦では2セットを先取された後の第3セット途中から投入され、ベテランらしいサーブレシーブなどで流れを変え、奇跡の大逆転を呼んだ。同五輪の日本選手団主将も務めた。
新日鉄では27歳で監督兼主将に就任。大学の強豪チームから入った選手を擁するチームが多い中、小田勝美、田中幹保ら高卒選手を鍛え上げ、低迷していた新日鉄に黄金時代をもたらした。77~79年には全日本男子監督。日本バレーボール協会理事として普及、強化にも尽力した。新日鉄を定年退職した後はママさんバレーの指導や講演活動をしていた。